「生きて死ぬ智慧」「いのちの日記」読ませていただきました。 柳澤さんの著作では、「われわれはなぜ死ぬのか」等、 何冊か大変、興味深く読ませていただいていたわけですが、 「死」について語る時、科学者の視点を基本に置きながらも、 決して人ごとではない柳澤さんの著作を不思議に思っていましたが、 柳澤さんが尊厳死を選択しなければならない程とは知りませんでした。
「生きて死ぬ智慧」は、 西遊記で有名な、玄奘三蔵が、中国に持ち帰り漢訳したものを、 柳澤桂子さんが心訳した内容になっています。
負けず嫌いな野良猫も、訳に挑戦。(基本は、お遊びです(汗)) その前に、漢訳を、 観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄舎利子色不異空空不異色色即是空空即是色受想行識亦復如是舎利子是諸法空相不生不滅不垢不浄不増不減是故空中無色無受想行識無眼耳鼻舌身意無色聲香味觸法無眼界乃至無意識界無無明亦無無明尽乃至無老死亦無老死尽無苦集滅道無智亦無得以無所得故菩提薩垂依般若波羅蜜多故心無罫礙無罫礙故無有恐怖遠離一切顛倒夢想究竟涅槃三世諸仏依般若波羅蜜多故得阿耨多羅三藐三菩提故知般若波羅蜜多是大神呪是大明呪是無上呪是無等等呪能除一切苦真実不虚故説般若波羅蜜多呪即説呪曰羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶般若心経 ・ 観自在菩薩 行深 KanjizaiBosatsuが、深く行い、 般若波羅蜜多 時 般若「プラジュニャー」波羅ム「ハラム」イ多「イター」時 照見 五蘊皆空 五蘊が、皆、空であると、照見 度 一切 苦厄 一切の苦厄を度。
舎利子 (イメージしなさい) 色不異空 色は空と異なるわけではない 空不異色 空は色と異なるわけではない 色即是空 色、即ち、是(こ)れ、空 空即是色 空、即ち、是(こ)れ、色
受 外部から刺激を受けること、も 想 空想すること、も 行 行うこと、も 識 認識すること、も 亦復如是 同じこと(○不異空、○即是空)
舎利子 (イメージしなさい) 是諸法空相 全ては空相だ 不生不滅 生じず滅せず 不垢不浄 垢(アカ)にまみれず浄化されず 不増不減 増えず減らず 是故 空中 そんなわけで、空中には 無 色 色は、無 無 受想行識 受、想、行、識は、無 無 眼耳鼻舌身意 眼、耳、鼻、舌、身、意は、無 無 色声香味触法 色、声、香、味、触、法は、無
無 眼界 眼に映っいる世界は、無 乃至 無 意識界 乃至、意識している世界は、無
無 無明 亦 無 無明尽 闇(無知)は、無 亦 闇が尽きる事、無 乃至 無 老死 亦 無 老死尽 乃至、老死は、無 亦 老死が尽きる事、無
無 苦集滅道 苦を集めて滅する道(語呂あわせです)、無
無 智 亦 無 得 智(悟り)は無、 亦、(悟りを)得るも、無
以無所得 故 得る所が無、故(ゆえ)に、
菩提薩垂 bodaisatsutaは 依 般若波羅蜜多 故 プラジュニャー ハラム イターに依っている故に、 心 無罫礙 心に、罫礙は、無 無罫礙 故 罫礙が、無、故に、 無 有恐怖 恐怖が有る事も無 遠離 一切 顛倒夢想 一切の顛倒夢想から遠く離れているので、 究竟 涅槃 涅槃を究竟する
三世諸仏 過去、現在、未来、諸仏は、 依 般若波羅蜜多 故 プラジュニャー ハラム イターに依っている故に、 得 阿耨多羅三藐三菩提 アノクタラサンミャクサンポダイを得る
故 知 般若波羅蜜多 故に、プラジュニャー ハラム イターは次のようなものと知れ 是 大神呪 是れ 大神、呪文 是 大明呪 是れ 大明、呪文 是 無上呪 是れ 無上、呪文 是 無等等呪 是れ 無等等、呪文 能除一切苦 一切の苦、能除 真実不虚 真実、虚ではない
故 説 般若波羅蜜多 呪 故に、プラジュニャー ハラム イターの呪文を説く
即 説 呪 曰 即ち、呪文、説いて、曰く
羯諦 羯諦 波羅 羯諦 波羅僧 羯諦 菩提薩婆訶 ぎゃてい ぎゃてい はらぎゃてい ぱらさむぎゃてい ぼじそわか 「ギャーテー ギャーテー パーラーギャーテー パーラーサムギャーテー ボーディスヴァーハー」
般若心経 プラジュニャー、心、経
−−−キリトリ−−− 「無」は「0(零)」と訳すのもいいかもしれない。
すこし強引に、 色即是空 空即是色 1=0 0=1 テーマ:人間の本質・心の芯 - ジャンル:心と身体
|